2章 1
夕日が沈み、愁いを秘めた光が
部屋を明るくみたしていく
照らされた白い部屋は、
抵抗するでもなく、流れに逆らうでもなく、
水たまりに落とされた小石のように黄金色の暗闇の中へ沈んでいく
光は、部屋の隅々までを沈み込ませていった
ただ一か所、光の中へ沈んでいかない
黒い点があった
黒く染まった点は、
家の純白の白にも夕陽の優しい光も
全くはね消すことも染まることもなく、
ただ沈黙のうちに佇んでいた
チャイムが鳴り、その響きが白い家のあちこちまで響き渡る
音は白い壁のすきまから家の奥深くまで染み込み、
そして消えていった
再び、チャイム
そして、静寂
さっきとは違う、するどいノックの音がして
金属をたたくような重苦しく、鈍い音が
不格好な姿で家の中へ入り込んでくる
静けさも、
重い音を飲み込むのには苦労すると見え
壁の中には染み込まずに
開け放たれた窓から外へと慌ただしく逃げ出していった
家の中にどっしりと構えた、ナイフのような沈黙に耐え切れなくなったと見えて
鍵がシリンダーに差し込まれる、
金属同士がひっかく不快な音がして
シリンダーが回り、ドアが開く
重々しく、鈍い音を
家の中に響き渡らせながら
布がこすれる音がして、
やがて1人の人物がその姿を見せた
「やあ、、、茂君」
「邪魔して済まない、
どうしても挨拶に来たくてね、、
申し訳ないが、合鍵を使わせてもらったよ」
すると、さきほどまで物言わぬ黒い点だったものは
少し動き、話しかけてきた人物の方を振り返った
「、、、、 晃か」
「なにか食べたかい?
元気になるぞ
キッチンを貸してくれるのなら、僕が何か作るよ」
「すまないが、お腹は空いていないのだ」
「、、、、
娘さんのことは、、、何と言ったらよいか、、、」
茂は黙ったままです
「もし何か、、、力になれることがあったら、、、」
茂は、聞こえたのか聞こえないのか
相も変わらず虚空ばかりを見つめています
「すまないが、、、
今は一人にしてくれないか」
「あぁ、わかったよ
ただ、助けが必要な時はいつでも言ってくれ
僕達は、親戚なんだからな」
2章 2
雨が降っていた
窓を激しく叩く雨は、
家を揺らし、木々を引き裂き、
どこまでも響き渡るような金切声をあげていた
家中のドアというドアが、
近づくものにおびえ、恐怖で身震いし、
その身体をわななかせる
絶え間なく吹き付ける風の轟は、
白い家の上で踊り狂ったかと思うと
急激に天めがけて駆け上がり、
飛び立つ龍さながらにまわりの空気を
雄叫びで震わせるのであった
しかし、家の中の黒い影は、
やはり身動きひとつしなかった
辺りを揺らす振動も、
耳をかきむしる騒音も、
影には触れもせず通り過ぎていく
影は、ただ、眺めていただけだった
窓ガラスから見える、灰色の森を
視界のすみで、白いなにかがはためく
見間違いだろうか
再び静寂
すると、再度、白いものが
脈がのどを打ち、心臓が鼓動を乱す
「、、、、、、真綾、、、、、、」
立ち上がり、窓ガラスからその向こうをじっと見る
灰色の木々が立ち並び、、、
白い影が、その中ではためく
「、、真綾、、」
窓ガラスを開けると、
茂は外へと飛び出した
雨が身体を沈ませ、風が骨を殴りつけ折る
はるか遠くに見える白い影の幻に向かって
茂は駆け出して行った
足元をぬかるみがつかみ、
風雨の壁が行く手を妨げる
それでも茂は前へと進んでいった
奥深い、森の中へと、、、、、、、
遮られていた陽の光が、久方ぶりにその姿を見せた時
地表を深く覆っていた闇は退いていった
虫の知らせで義弟の茂の家を訪れた晃は、
前まで知っていた白い家のあまりの変わり様に
愕然とした
壁一面の白は砕け、中の木材そのものを曝け出していた
窓が開いたままであったからであろう、
部屋の中は雨で湿り、散乱した家具や泥で満たされていた
そして、なにより、茂の姿が見当たらないのであった
警察が呼ばれ、捜索隊が組まれた
森の中も含めて、辺り一面を懸命に探す努力にもかかわらず
どこにも、この家の主人の姿は見えなかった
持ち主を亡くした家は、修復されることもなく、
ただその先何か月も、その無残な姿をさらし続けたのであった
2章 3
辺り一面見渡す限りが闇夜にとっぷりと沈むころ、
いくつかの影が川を越え坂を上り、
人目を盗んで徘徊していた
川のせせらぎが流れる音を無遠慮に踏みつぶし、
虫の声を枝が折れかき分ける音で引き裂き、
風鳴りを無遠慮に他人の土地を歩く足音で汚す
彼らの身なりは褒められたものではない
無精ひげを生やし、闇に溶け込むみすぼらしい黒い服を着た者達であった
その姿を見れば、彼らがまっとうな生活を送る善良な一般人と名乗ったところで
信じる者は少ないだろう
むしろ、光を避け
まっとうな生活の隙間に入り込む泥棒のような存在といった方が良いであろう
彼らは、もう何か月も放置されている白い家に目を付け
倒れかけの家に、そっと人目を盗むようにして忍び込むと
ぐるりと辺りを見渡した
そして、倒れかけの家具の中を物色し
次から次へと中を漁っていく
騒々しい物音が、
白い家の周りの静寂を乱していく
それはまるで腐肉に群がるハイエナそのものであった
「、、、、、、、、、、、、、、、」
突然、刺すような静けさが彼らを貫いた
なぜだろうか
先まで静寂を叩いていた川の流れる音、虫の鳴き声、風鳴りの音
すべての物音が消え、完全な沈黙に包まれた
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
彼らは互いに、不安そうな目を互いに向けた
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
彼らの周りの全ての風景が
脇に引っ込んでいく
まるでやってくる、何かに遠慮したかのように
突然、ピアノが倒れて一人の盗人を踏みつぶした
その男の足は、先に彼らが破壊したこの家の入口の柱のように折れ曲がった
巨体を持つピアノは、そのまま男を押さえつけ続け
男は誰にも聞かれることのない苦悶の叫びをあげ続けた
突然、窓ガラスが窓枠から外れて別の泥棒の頭をたたき割った
男は膝から崩れ落ち、首は窓ガラスに嚙みつかれて血を流した
地面に広がる血だまりがその大きさと深さを増し、
もがき叫ぶ男を包んで取り囲んでいく
突然、床が抜けて男が地面に沈み込む
折れた木材がナイフのように男の脇腹を抉り貫く
男は痛みによがるも、鋭い刃はわき腹から入って背骨へと走り
串刺しにされた獲物よろしく男の身体を持ち上げ続ける
彼らの苦悶の叫びは
取り囲む絶対的な静寂に飲み込まれて辺りには響かなかった
そして、そのうめき声や助けを求める声さえも聞こえなくなると
また何事もなかったかのように夜の風景が戻ってきたのだった
3つほどの、
身動きのしないぼろ雑巾のような物体を新しく加えて