ピアノの家 1章 1

その少女が生まれた時、父親はそこにはいなかった
 
 
つまり、夫は自らの妻の死に際に立ち会うことができなかったということだ
  
 
 
時間がかかって病院にたどり着いたときには
もう冷たくなった生気のない「妻だった物」を見ることしかできなかった
  
 
 
最後の言葉も、感謝の言葉も、内に秘めた「愛してる」の言葉も、
男は最愛の人に伝えることはできなかった
 
 
 
 
 
 
  
 
 
10年が経ち、1人の男が誰もいない道路に車を走らせつつ
家路についていた
 
 

シンと静まり返った夜の田舎町は、
単調に刻まれる車のタイヤが道路を踏む音と相まって
彼に遠い昔のことを思い起こさせるには十分だった
 
  
彼の意識は遠い日、
娘が生まれそして同時に妻を亡くしたあの日のことを思い返していた
 
 

あれから幾度となく涙を流し、
忘れられない思いを自分の内に呟いたことだろうか
 

最愛の人を亡くしたことで空っぽになった彼は
まるで根なし草のように目的もなくあちこちを漂う人生を送っていた
 
 

だが、今の彼には帰る場所があった
 

今日は娘の10歳の誕生日
 
 

そして助手席には、
大切な一人娘へのプレゼントがあったのだから