本 第1節

家に帰るのが嫌いだった

 
 

暗い部屋
汚れた台所
誰もいない冷たい家

 
 

夜は特に怖かった

物音ひとつしない家の中
1人だけで布団の中にもぐっていると、
まるで自分が暗く冷たい太平洋の上を
いかだで漂流しているように感じたからだった

 
 

時々自分で自分の腕を触り、
自分がまだ生きていること
ここは自分の家であることを確かめた

 
 
 

だけど、「それ」を開けば
違う世界が目の前に広がっていった
 
 
「それ」は遠い昔、
おじいさんおばあさんのさらにおじいさんおばあさんが生きていた頃より
もっと昔に書かれたものだ

王子様がいて、さらわれるお姫様がいて
化け物がいて、仲間がいた

次々と繰り広げられる冒険に
私は容易に入っていけた


王子様が救いに来るのはお姫様ではなくて私、
私はおそろしい姿をした化け物に勇猛に挑み打ち倒す、
最後に末永く幸せに暮らすのも私

 
 

「それ」の中に
私の居場所があった